51円の攻防戦。
ある週の、口座と財布の中身は、こうでした。
- 会社預金
- 14円
- 会社現金
- 16円
- 個人貯金
- 8円
- 個人手持ち
- 13円
手元のすべて
51円
その週末の支払い
約330万円
誰がどう見ても、倒産か夜逃げ。周りの誰もがそう思っていた。でも俺は、まだそんな会社をやっている。

会社の預金が14円、会社の現金が16円、私の貯金が8円、私の手持ちが13円。合わせて51円。そして、その週末には約330万円の支払いがある。私たちは、これを「51円の攻防戦」と呼んでいます。
これは、ある特別な一週間の話ではありません。こういう週が、日常茶飯事で、いまもずっと続いています。督促の電話も、今日も鳴る。
だから、これは「苦労を乗り越えた話」ではありません。まだ途中にいる人間の、実況中継です。
まず、社会保険や税金の支払いを、役所に頭を下げて待ってもらいました。そのうえで、知り合いにも親戚にも、恥ずかしいなんて言っていられず、片っ端から頭を下げて、お金をかき集めました。
銀行には、事業計画書を持って100行以上まわりました。目の前で居留守を使われたこともあるし、鼻で笑われたこともあります。闇金にまで融資を断られました。
いちばん悔しかったのは、別の銀行からの帰り道のことです。たまたま前を通った銀行の中に、担当者の姿が見えました。電話をしてから行こうと思い、かけてみると、女性の方が出て、担当者につなごうとしてくれた。その瞬間、ガラス越しに見えた担当者は、すごい表情で、両腕でバツ印をつくりました。電話口では「ただいま外出しておりまして、折り返しさせます」。折り返しの電話は、ありませんでした。
それでも、物件の購入を支えてくれた銀行が2つだけありました。担当の方は、なんとか融資できるように、必死にがんばってくれました。ただ、結果はかなりの減額。手元のお金はさらに減り、もう一段、追い込まれることになりました。そこから借りて物件を買い、リノベーションして売る。その利益で、なんとかその週を越えて、会社を続けることができました。
けれど、それも数か月の猶予にしかなりませんでした。そのあいだに、世の中はパンデミックという、誰も経験したことのない事態に入っていきます。少しでも会社を立て直さなければならない。危機は、まったく去っていませんでした。
そして次の週には、また次の支払いがやってきます。
