思いつきだと言われた。無謀だと笑われた。
はじまりは「思いつき」で「無謀」だと、まわりから笑われるところからでした。
社名のJam's Designは、代表・清水大輔の母が営んでいた喫茶店「JAM」から取りました。JAM(ジャム)はジャズの言葉で、演奏する人たちがそれぞれの楽器を持ち寄り、その場で一緒に音楽をつくることです。みんなでアイデアを持ち寄って、未来を描いていこう。そんな思いで「Jam's Design」と名付けました。
不動産・福祉・地域活性化。一見ちがう仕事を、「誰かを喜ばせる仕事」というひとつの目的でつなぐ。そう言うと立派に聞こえますが、はじまりは「思いつき」で「無謀」だと、まわりから笑われるところからでした。
思いつきだと言われた。無謀だと笑われた。俺を知りうる全てに蔑まれ、馬鹿にされ続けてきた。まあ、仕方ない。けれど、それは笑い話では終わりませんでした。
会社員時代、私はエイブルで店長をしていました。そのころ、仲よくしていた不動産会社の社長から「休んでいる会社があるから、それをやってほしい。人も集めて、お前の思うようにやれ」と声をかけてもらいました。一緒に来てくれる人を集め、社員の給料も決めて、スタートの準備を進めていました。
ところが、いよいよというときになって、言われたのは「お前の給料はええけど、ほかの社員はそんなに出さない」。仕事を辞めてまで私についてこようとしてくれていた人たちに、言い訳のしようがない手のひら返しでした。私の顔も丸つぶれです。このままやるのは癪だった。だったら、自分で会社をつくろう。
その晩、母と会社の名前を考えながら話しているうちに浮かんだのが「Jam's Design」でした。その日は11月9日。いちばん早くて、忘れにくい日は、2日後の11月11日、ポッキーの日。2016年11月11日に登記をして、あの社長には「自分で会社を立ち上げたので、結構です」と断りを入れました。これが、Jam's Designのはじまりです。
いちばん身近な人にも、笑われてきました。「男は有言実行より、不言実行がかっこいい」「大風呂敷ばっかり広げて、何もできない人間と同じや」。
地元の後輩にも、まわりのあらゆる人にも、よく笑われます。「いい話ばっかり信じて、うのみにして、結局なんもうまくいかへんねん」「現実見ろや」。まあ、言われても仕方ない。私が他人でも、そう思う。
私には、すぐそばで見てきた、ふたつの生き方があります。
ひとつは、自分さえよければいい、を繰り返した人の生き方です。その人は、最後はひとりで終わっていきました。もうひとつは、誰かのためにと、自分を犠牲にしながら生きた人の生き方です。その人は、最後まで、たくさんの人に支えられていました。
このふたつが、私の教科書です。だから、自分さえよければいい、というやり方だけはしない。
私の動き方は、だいたい決まっています。誰かが喜んでいる未来が、はっきり見えてしまう。見えたら、自分のほうがわくわくしてしまって、準備も、力も、お金もないのに、動いてしまう。
当然、あとで苦しみます。お金が足りなくなり、笑われ、くたくたになる。批判されても、言い返しはしません。「私が他人でも、そう思う」。それだけ受けとめて、また続けます。
不思議なことに、まわりが「失敗」と呼んだものが、あとになって、私や誰かを助けてきました。だから、失敗かどうかは、私が決める。
子どもの頃、ミニ四駆に何時間も夢中になり、百貨店の屋上のゲームセンターでは「源平討魔伝」から離れず、大人たちをあきれさせていました。いま、夜中まで仕組みづくりに没頭しているのと、同じ形です。たぶん私は、この頃から1ミリも変わっていない。
