理由Why

なぜ、続けるのか。

倒産しかけた会社を、なぜ、まだ続けているのか。答えは、拍子抜けするほど単純です。

01人を喜ばせる仕事The Work

私たちの仕事は、福祉でも、不動産でもない。人を喜ばせる、仕事です。

その方法が福祉なら、福祉を。不動産なら、不動産を。システムが必要なら、つくればいい。目的だけは変えず、手段はそのつど選んできました。だから、外から見るとばらばらの事業に見えるのだと思います。

02ここまでの道The Road

会社をつくる前、私はツアーコンダクター、自衛隊、ホテルマンと仕事を変えてきました。そのあと大手の不動産会社に入り、管理職として、大きな会社のいいところをたくさん見せてもらいました。

自衛隊で叩き込まれた心得は、いまも会社の理念の土台になっています。誠実であること。献身的であること。挑戦し続けること。

エイブルで店長をしていたころ、部下と一緒に全国の表彰式に呼ばれ、社長に会う機会がありました。部下が社長に「どうやったら、うちの店長みたいに契約がたくさん取れますか」と聞いたとき、社長は間を置かずにこう答えました。「契約を取るのは簡単だよ。人を喜ばせたらいいだけ。契約をしてカギを受け取りに来るお客さんは、必ず『ありがとう』って言うでしょ。その人を喜ばせたら契約になるんだから、ほんと簡単だし、最高の仕事でしょ」。

目からうろこでした。自分の根っこにあったものを、言葉にしてもらった。その感動と衝撃は、いまも忘れられません。

そして不動産会社で学んだのが、「ありがとう」のことです。人を喜ばせて、「ありがとう」と言ってもらえたとき、それが契約になり、売上になる。お金は、あとからついてくる。これは、いまも変わらない私の商売のやり方です。

03素通りできなかったCouldn't Walk By

誰かが困っている。それを見て、素通りできなかった。福祉も、不動産も、地域活性化も、始まりには、いつも人がいます。

エルト桜井を買ったのも、そうでした。ビルの2階に通う子どもたち、空いた机を取り合う親子、カップラーメンをすする高校生。その姿を見てしまったら、力がなくても、動かずにはいられなかった。

04福祉を始めた理由Why Welfare

大人になって、うつ病の診断を受けたとき、あわせて発達障害の診断も受けました。そこで、はじめてわかったことがたくさんありました。子どもの頃、街中から指をさされて育ったのは、この特性があったからなんだ、と。

同じ思いをしながら育つ子どもたちが、いまもいる。その子たちが、少しでも私と同じ思いをしないで育っていけるように。そういう支援がしたくて、福祉を始めました。

飛鳥校を開いた日は、内装の工事すら終わっていませんでした。急いで開いたので、教室はなんとも殺風景。それでも、職員の顔なじみの子どもたちが多く、みんなすぐに、なじんでくれました。

05順送りPay It Forward

情けは人のためならず、と言います。誰かにかけた情けは、順送りでめぐって、いつか自分に返ってくる。返ってくるのは、お金だけではありません。人とのつながりや、信頼です。それが、次に誰かを喜ばせる力になる。

だから、自分さえよければいい、というやり方はしない。苦しいときほど、そこだけは曲げずにきました。

誰かのために必死になって、「ありがとう」を集める。そういう、きれいな会社でありたい。

06いまの仕事Our Business